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花の年齢(4)
070523.jpg

 花の年齢の考察も今回で終了です。


 以上で原作からの年齢考察は終わりです。結論は・・・よく分からなかったということでしょうか(笑)。
 いろいろ検証してみましたが、原作に年齢などを推測する記述があまりないので、どれもこれも仮定が多すぎます。今回の考察は失敗に終わったようです。が、まあ、それはそれでいいと思うのです。彼ら天仙はいつから生きているのかな、なんていろいろ想像してみるのが楽しいわけで、ハッキリ○○歳と分かってしまってはつまらないものなのでしょう。
 それよりもなによりも、BUDの世界というのは創作上のものなので(あたりまえだけど)、現実の歴史とリンクさせて彼らの年齢を考えること自体がナンセンスなのかもしれませんね。現実の歴史からの推測よりもむしろ、例えば仏教で天界の1日は人間界の50年だとか400年だとかいう話ですが、そういうもので彼らの年齢を考えた方がいいのかもしれません(とはいっても仏教での天界の年齢もトホーもない数字ですが・・・)。
 でもまあ、一度検証してみたかったのです。
 
 ところで私が何故彼らの寿命を知りたいと思ったかというと、東雲が緑修天司の修業のため円時山に100年行ってしまうからです。彼らにとっての100年とはどのようなものか知りたいと思ったのです。100年は長いのか短いのか。恋人たちにとっては一瞬の別れも永遠に永い時に感じられるでしょうが、東雲と蕾にとって100年という時の流れはどういう意味があるのか。天仙の100年というのは我々人間に換算すると1年なのか10年なのか、それとも永遠の別れに近いものなのか。それを知りたかったのです。
 でも、こうやって彼らの年齢を検証してみて今更言うのはへんなのですが、100年という数字はそのまま100年で、彼らにとってもほんの短期間ではないと思うのです。例えば仙人や浦島太郎の竜宮城のように彼らの1日は人間の100年という流れ方ではなく、東雲も蕾も人間と同じ時間を過ごしているんですよね。東雲や蕾の1日が透の1年になるわけではなく、彼らにとっても100年とは、春が来て夏が過ぎ秋になり冬、そしてまた次の春・・・というように、100回の春を夏を過ごすことなのですよね、あたりまえだけど。彼らにとって人生(いや天生?)の10分の1だとしても1000分の1だとしても100年は100年なのかなと、思うのです。

 * * *

 余談ですが、蕾や東雲は植物を司る天仙なのですが、現在我々の眼に触れる植物の多くは人間の手が入っています。昔から品種改良がされてますし、今では遺伝子操作。人間の都合の良いように植物(に限らないのですが)に手を加えていくことについてどう思っているのか一度聞きたかったのですが、今回彼らの年齢を考えたらわかりました(笑)。彼らにとって人間の歴史なんてほんの最近の出来事、長ーーーい地球の歴史から見ればまだほんの一瞬。今後このような人間の所業がどういう結果を招くかを長い目で見ているのでしょう。そしてきっと自然(というか天の理とでもいうか)の中では人間も所詮その一部、彼らはよほどのことがない限り手を出さないのかなと思い至ったのでした。
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花の年齢(3)
070522.jpg

「花の年齢(1)」からお読み下さい。


長文です。

4.天地開闢より数えて811代目となります現聖仙郷(第四十六話 天慶宴)

 『天慶宴』で萌葱ちゃんが東皇使と錦花仙帝との婚姻についてのウンチクを語っている時、上記記述が出てきます。天地開闢から現在まで811代なので、その年数を811で割ると平均在位年数が出てきます。そこで問題となるのが以下の3点です。

(1)天地開闢とはいつか
(2)811代目とあるが、それはどの地位のことか
(3)平均在位年数から蕾や東雲の年齢や寿命をどう計算するか


(1)天地開闢とはいつか
 天地開闢とは世界の始まりなのですが・・・、いったいいつなのでしょうか。世界の始まりなのだから、宇宙の誕生、地球の誕生などでしょうか。それとも生命の誕生か。少し調べてみました。
 
宇宙誕生 160億年前
地球誕生 46億年前
生命誕生 40億年前

 蕾は花仙、東雲は樹仙ということは、彼らの世界というのは植物の世界ですね。植物の中でも花と木。とすると花や木の精霊である彼らは花や木の誕生と共に現れたのかもしれません。ではその花や木はいつ頃地球上に現れたか。
 
 まず花です。花の定義はいろいろあるようなのですが、要するに種子植物の生殖器が花らしいです。種子植物には裸子植物と被子植物があって、被子植物の花はいわゆる花なのですが、裸子植物の場合は例えば松ぼっくりのようなものが花にあたります。なんだかBUDの世界とはイメージが違いそうですが(松ぼっくりの花精・・・)、一応裸子植物も含めて考えておきます。
 次に木です。木の定義もいろいろあるようです(たとえば竹は木か草か、定義によって異なってくる)。が、木となるのはシダ植物と種子植物だそうです。
 それぞれの地球上に現れた時期をみてみます。シダ植物が大木になるのは(例えばリンボク)デボン紀(4億1600万年前~3億5900万年前)の末です。また種子植物の化石が3億7000万年前の地層から出てくるようです。ということは、木の出現と花の出現は今回の考察においては同じ頃と考えてもよさそうです(なんてったって数字がハンパな数じゃないので・・・)。
 以上より、花および木が地球上に出現したのは(きりがいいので)3億5000万年前とします。ということで、

木や花の誕生 3億5000万年前

 ところで人類の誕生は500万年前頃と、植物よりずっと遅く地球上に現れました。蕾や東雲など天仙は人間と同じ姿をしているので、彼らの天地開闢は人類出現とリンクしているような気もしますが、聖仙の姿が人間なのは便宜上のものだと思うのです。が、参考までにチェックしておきます。

人類の誕生 500万年前
ホモサピエンス 30万年前

(2)811代目とあるが、それはどの地位のことか
 萌葱ちゃんは「天地開闢より数えて811代目となります現聖仙郷」と表現しているので、811は聖仙郷トップの数かなと思うのです。現東皇使が811代目かとも思ったのですが、そうすると「811代目となります現東皇使」というような表現をするはずで、「現聖仙郷」との表現はやはりトップが811代目なのでしょう。
 ところで聖仙郷のトップは誰ですか? 永輪樹帝ですか? あら私ってば彼らの世界のことよく知らないや・・・。どこかに説明ありましたっけ・・・。でも緑修天司は錦花仙帝より「上司」なわけで、永輪樹帝はそれのさらに上、ということで811代目というのは永輪樹帝でおk?
 811代目というのは永輪樹帝の地位のことと考えた場合、次に永輪樹帝とはどういう天仙かが問題になります。他の天仙と同じか異なるのか。例えば永輪樹帝になるべく生まれたものは他の天仙と比べてめちゃ長寿だとか、そういった違いはあるのか。花が中心のBUDの世界では緑仙に関する記述は少なく(と思う、よく読んでないからかな?)よくわからないのですが、緑仙と花仙とではあまり変わりがないようだし(例えば緑仙と花仙の婚姻や光明界の天仙との婚姻が可能)、花仙のトップである錦花仙帝はその血筋でなくてもよさそうなことから、永輪樹帝も他の天仙と同様の人生、じゃなくって天生? を送ると考えられるので、永帝の在位と天仙の寿命は相関関係があるとします。
 
(3)平均在位年数から蕾や東雲の年齢や寿命をどう計算するか
 天地開闢から現在までの年数を811で割ると、永輪樹帝か何かの平均在位年数が求められますが、在位年数と彼らの年齢や寿命はどういう関係なのでしょうか。
 例えば東雲は幼い頃東皇使の地位につき、今まさに萌葱にその地位を譲ろうとしていますよね。人間で考えると高校生の東雲、17歳くらいの東雲が東皇使の地位にいたのは7~8年ほどということでしょうか。先代の錦花仙帝は結構若く蕾の母である麗さんにその地位を譲っているようだし。あ、あくまで見た目ですよ、先代の錦花仙帝さま。老伯と比べると(失礼!)ずっとお若いですよね。
 風仙や怪魔王はともかく、花仙や緑仙はトップの地位は世襲のようです。錦花仙帝は生きているうちに地位を譲ってます。それが一般的と考えると、代がわりは子どもを産む年齢周期となるということかな。天仙は人間と似たような一生を送るようなので、人間が20~30歳くらいで子どもを産むとすると、人間の代がわりは20~30年周期。間を取って25年周期、即ち在位年数を25年としましょうか。
 ちなみに天皇は今で125代、初代は紀元前661年即位なので、
 
 天皇の平均在位年数=(2007+661)÷125≒20
 
となり、約20年です。

 で、人間の寿命を80歳、蕾や東雲の年齢を人間に換算すると17歳とすると在位年数と年齢及び寿命は、

 天仙の在位年数:天仙の年齢:天仙の寿命=人間の姿での在位年数:人間の姿での年齢:人間の寿命

 という関係が成立し、

 天仙の寿命=天仙の在位年数×人間の寿命÷人間の姿での在位年数
      =天仙の在位年数×80÷25

 蕾・東雲の年齢=天仙の在位年数×人間の姿での年齢÷人間の姿での在位年数
        =天仙の在位年数×17÷25

となります。

 それでは(1)~(3)を元に計算してみます。天地開闢をいつにするかによって場合分けします。

・天地開闢を宇宙誕生時とした場合(160億年前)
 平均在位年数=160億年÷811
       ≒2000万年
 天仙の寿命=天仙の在位年数×80÷25
      =160億年÷811×80÷25
      ≒6300万年
6300万年前の地球は恐竜が絶滅した頃の世界・・・。なんかムボーな数字だな。
 蕾・東雲の年齢=天仙の在位年数×人間の姿での年齢÷人間の姿での在位年数
        =天仙の在位年数×17÷25
        =160億年÷811×17÷25
        ≒1300万年
1300万歳・・・って・・・。類人猿の世界・・・。その頃からいたのか??

・天地開闢を地球誕生時とした場合(46億年前)
 平均在位年数=46億年÷811
       =600万年
 天仙の寿命=天仙の在位年数×80÷25
      =46億年÷811×80÷25
      ≒1800万年
1800万年前の地球は・・・人類まだ誕生してません・・・。
 蕾・東雲の年齢=天仙の在位年数×17÷25
        =46億年÷811×17÷25
        ≒380万年
アウストラロピテクスの世界???

・天地開闢を生命誕生時とした場合(40億年前)
 平均在位年数=40億年÷811
       =500万年
 天仙の寿命=天仙の在位年数×80÷25
      =40億年÷811×80÷25
      ≒1600万年
 蕾・東雲の年齢=天仙の在位年数×17÷25
        =40億年÷811×17÷25
        ≒340万年

・天地開闢を木や花の誕生時とした場合(3億5000万年前)
 平均在位年数=3億5000万年÷811
       =40万年
 天仙の寿命=天仙の在位年数×80÷25
      =3億5000万年÷811×80÷25
      ≒140万年
 蕾・東雲の年齢=天仙の在位年数×17÷25
      =3億5000万年÷811×17÷25
      ≒30万年
北京原人と同じ頃生まれたのか??

・天地開闢を人類の誕生時とした場合(500万年前)
 平均在位年数=500万年÷811
       =6000年
 天仙の寿命=天仙の在位年数×80÷25
      =500万年÷811×80÷25
      ≒2万年
 蕾・東雲の年齢=天仙の在位年数×17÷25
      =500万年÷811×17÷25
      ≒4000年
おお、なんだかほっとする数字! 縄文時代?

・天地開闢をホモサピエンス出現時とした場合(30万年前)
 平均在位年数=30万年÷811
       =400年
 天仙の寿命=天仙の在位年数×80÷25
      =30万年÷811×80÷25
      ≒1200年
 蕾・東雲の年齢=天仙の在位年数×17÷25
        =30万年÷811×17÷25
        ≒250年
 おお!ようやく少しは想像できる数字(笑)。西暦1750年、江戸時代、ヨーロッパでは啓蒙思想の頃?モンテスキューとか?

 これらをふまえて天仙の寿命を考えると・・・考えると・・・うーーん、よくわかりません(苦笑)。天地開闢をいつにするかでずいぶん差があり、どう考えたらいいのかわからないっす。天地開闢を文字通り世界の始まりとすると、彼らの年齢は途方もない数字になってしまいますし(なんてったって人類が出現する以前から生きてることになってしまう! 想像を超えた世界です)、収まりのいい(というか想像できる)数字は天地開闢を人類に関連する年にした場合で、しかし、彼らは人類とは別のもの(植物)を司るものたちなので、人類とは関係ないはずだし・・・。
 彼らの年齢を知ろうと思ったのに、さらに訳がわからなくなってきてしまった・・・。

つづく
花の年齢(2)
3.先々代の怪魔王のとき~地上の生物も次々と絶滅したとも伝えられる(第三十三話 冥界行)

 『冥界行』で東雲が先々代の怪魔王のときの冥界と怪魔界の紛争について説明しています(コミックス11巻 第三十三話『冥界行』P75)。その中に、その紛争によって「地上にも多大な影響を与え、地上の生物も次々と絶滅したとも伝えられる」とあります。
 ところで、地球の歴史において大量絶滅といわれる、生物絶滅の危機は6回あります。

(1) 5億4500万年前・原生代末V-C境界
(2) 4億3500万年前・オルドビス紀末
(3) 3億6000万年前・デボン紀後期
(4) 2億5000万年前・歴史上最大の大量絶滅、ペルム紀末P-T境界
(5) 2億1200万年前・三畳紀末
(6) 6500万年前  ・前白亜紀末K-T境界

 6500万年前のK-T境界は恐竜の絶滅で有名ですね。私は『恐竜音頭』で6500万年という数字を覚えました(知ってる方いますか~笑)。冥界と怪魔界との紛争が地上に与えた影響がこのどれかだと仮定した場合を考えてみます。
 怪魔王の在位の年数を考える時、その紛争が先々代の在位のいつ頃起こったかや、現在の怪魔王・太玄大皇がいつ頃即位したがが分かりません。が、2代前の出来事なので、紛争から現在までの年数を1~3で割った数字を怪魔王の直近の平均在位年数とします。
 つまり、怪魔王の在位年数は・・・

(1)5億4500万年÷(3~1)=1億8000万年~5億4500万年
(2)4億3500万年÷(3~1)=1億4500万年~4億3500万年
(3)3億6000万年÷(3~1)=1億2000万年~3億6000万年
(4)2億5000万年÷(3~1)=  8000万年~2億5000万年
(5)2億1200万年÷(3~1)=  7000万年~2億1200万年
(6)  6500万年÷(3~1)=  2000万年~  6500万年

 う・・・む、なんだかもう桁違いだな。しかもこれは在位年数であって、寿命とは違います。寿命はこれより長いはず。計算上一番短くなる2000万年にしろ、2000万年前の地球は新生代の第三紀と呼ばれる頃で(私にはサッパリ分かりませんが)、哺乳類はいましたが人類はまだまだまだ(ちなみにホモサピエンスは20万年前頃出現)。
 怪魔王の寿命はおっそろしく長いのか、先々代の紛争により地上の生物が絶滅したというのはこの6回の大量絶滅とは別のものなのか。
 大量絶滅以外に生物存亡の危機といったら・・・ノアの大洪水?
 
 ちなみにノアの方舟事件(?)はおよそ5000年前頃らしいので、それで計算してみますと、
 
 5000年÷(3~1)=1700年~5000年
 
 数字的にはこちらの方が納得できそうなもの(とうか想像しやすい数字)なのですが、聖書の中の話ですし、地球規模で大洪水が起こったか怪しそうなので、いまいち参考にならないと思います。
 
 では、地球規模ではなく日本付近で大きな災害があったかどうかですが、調べるのが面倒になってしまったので、しかも怪魔の寿命と天仙のそれとの関係が分からないので、「3」に関してはこれで終了とします。ごめんなさい。

つづく
花の年齢(1)
070519.gif

う・・ばかでかい絵になってしまった;

*


 最近私ってヒマなのか?? というわけで、またしてもくだらない企画です。今回は花の年齢の考察です。数字が沢山でてきますので、そういうのがお嫌いな方はスルーしてください。私はというと数字は全然平気なのです。理科系のオンナなんです。


 蕾や東雲っていったい何歳くらいなんでしょうね。そして天仙の寿命は・・・。
 彼らは長命のようなのですが、それはどれくらいのスパンなのでしょう。人間の寿命をおおよそ100年とした時、その数倍の数百年なのか、1千年や1万年といった長さで生きているのか。時々不意に気になることがあるので、今回ちょっと本腰を入れて検証しました。原作から彼らの年齢および寿命を自然科学的に(?・笑)推測してみたのです。
 
 原作には彼らの年齢についての具体的な記述はないので、年齢を考えるに当たり参考となる記述を拾ってみました。今回もあらためて原作を読み直すことはしなかったので、取りこぼしがあると思います。ただ、彼らの年齢や寿命を確定することが目的ではないので、思いついた分だけで検証してみます。
 
1.1000年に一度聖仙郷華恭苑で花産みの儀が行われる(第二話 花喰い花)
2.数百年に一度天神界の女神門が開かれ花の舞を奉納する(第十三話 百花宴)
3.先々代の怪魔王のとき~地上の生物も次々と絶滅したとも伝えられる(第三十三話 冥界行)
4.天地開闢より数えて811代目となります現聖仙郷(第四十六話 天慶宴)

 私が思いついたものはこの4箇所です。以下、詳しく見ていきます。

*


1.1000年に一度聖仙郷華恭苑で花産みの儀が行われる(第二話 花喰い花)

 花産みの儀に関しては、いつ行われたのか分からないので、これだけで蕾たちの年齢を考えるのはちょっと無理かと。ただ1000年に一度の儀式がちゃんと執り行われているということは、人間のスパンとは全然違うのだということは分かります。1000年に一度ということは、人間界では「中国4000年の歴史」でたった4回程度しか行われていないということになりますよね。100年前の儀式だって、それを知る人間はほとんどいないわけだし。
 または、1000年に1度新しい花が生まれることから、現在ある花の種類から何年前からこの儀式が行われているかを調べようかとも思いましたが、現在ある花がすべて花産みの儀で作られたのかとか、花の種類をどう数えるかなど、不明なことが多いのでやめました。
 まあそれはともかく、この記述からは天仙の寿命は長いらしいということくらいしか分かりません。


2.数百年に一度天神界の女神門が開かれ花の舞を奉納する(第十三話 百花宴)

 次に『百花宴』です。これは数百年に一度の花の舞を蕾が舞う事になったお話です。ということは、前回の奉納舞は数百年前に行われているということですよね。『百花宴』を読むと、前回の奉納舞を舞ったのは蕾ではないようです。その理由として考えられるのは、
 
(1)蕾はまだ生まれてなかった
(2)生まれていたが、まだ幼かった
(3)逃げた

 (1)や(3)では彼らの年齢は計算できません。考えられるのは(1)であれば(2)の場合より若く、(3)であれば(2)の場合より歳を取っているということになるのでしょう。というわけで、(2)であると仮定して、彼らの年齢を計算してみます。ただ、(2)であった場合、前回の奉納舞は誰が舞ったかが問題となりますが、それは気にしないということで。
 
 数百年前、蕾は舞を奉納するには幼すぎた・・・としても「幼い」のは何歳くらいなのか分からないので、計算を簡単にするために生まれたばかり、即ち蕾は数百年前に生まれた、とします。
 次に「数百」とはいくつなのか。「数」は「2~3」または「5~6」を表すようですが、うーーん、困ったな。2~6ではかなり違う。とにかく、蕾は200~600年前に生まれた、つまり200歳~600歳ということですね。
 ・・・600歳、といわれても、何だかピンとこないです。今から600年前は西暦1400年ごろ、その頃の日本は・・・皆さん各自で調べてみてください。理科系は歴史が苦手なんです。
 
 では寿命はどうか。
 これを考える時、人間の姿が天仙に投影されていると仮定します。つまり、天仙が若く見えるのであれば実際も若く、年寄りに見えるのであれば実際も歳を取っているということです。うーーん説明が難しい。以下具体的に書きます。
 蕾は年齢が封印されている姿なので、同い年の東雲で考えます。蕾が200歳~600歳ということは同い年の東雲も200歳~600歳です。東雲は人間で言うと高校生、17歳くらいですね。人間の寿命を80歳とします。
 
 天仙の年齢:天仙の寿命=人間の姿での年齢:人間の寿命
 
 という式が成り立つとします(これが人間の姿が天仙に投影されている、という意味です…分かりにくくてスミマセン)。
 ということは、
 
 天仙の寿命=(東雲の実際の年齢)÷(東雲の人間の姿での年齢)×(人間の寿命)
      =(200~600)÷17×80
      ≒1000~3000
 ※あんまり細かい数字を出しても意味がないんで、計算は大雑把です。

 以上の計算より、天仙の寿命はおおよそ1000歳乃至3000歳くらいということになります。これくらいの寿命があれば、「1」でみた1000年に一度の花産みの儀も気の遠くなるような昔の儀式ではないでしょう、きっと。
 
 とはいっても、これはあくまで蕾は数百年前の奉納舞が行われた頃に生まれた、という前提があるので、確証ある数字ではありません。前回の奉納舞の時生まれていなかったとすれば、天仙の寿命はもう少し短いだろうし(たとえば数百年くらいかな?)、生まれていて奉納舞も舞えるのだけれど、逃げ出していたとすれば、寿命はもっと長くなるということです。

つづく
BUDファン考

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 前回はBUDの最終話について考察してみましたが、今回はBUDファンについて考えてみました。そうです、あなたや私のことです(笑)。でも、あまりにもくだらないのでちょっと隠します。
 
 ↓↓↓

続きを読む

BUD最終話についての考察(最終回)
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5.腐女子的最終話
 以上が私が想像した最終話の大きな流れなのですが、これをひとつの物語にするには、何らかの事件やエピソードを作ったり、時系列に手を加えたりして話を作っていくのでしょう。が、私は文字書きでないので、これを完成した作品にするのは不可能です。なので、BUD最終話についての考察はここで終了となります。
 
 でもそんな私も、私の考えた最終話となるような解決方法を1つだけ見つけました! しかーし、これは禁じ手ではないかと思うようなものです。しかも、私自身はあまり好きではない解決方法なのですが…。
 その解決方法とは蕾の女体化です。蕾を女にしちゃうのです。一般誌で(オトコの)蕾と東雲がそーゆー関係(笑)になるというのはありえないので、蕾と東雲をくっつかせる方法はどちらかが女になるしかないですよね。いえ、蕾の女性化は蕾と東雲をくっつかせたいためではなく、これはこれでかなりいい解決方法だと思うのです。なぜかというと・・・。
 まず、女性化により蕾の年齢の封印が解けるかもしれないと思うのです。風の力が強くて花の身体ではその力を制御できないという理由で蕾の年齢が封印されているのですよね。年齢が若い時は花の肉体と風の力の均衡が取れている。年齢が上がっていくと花の肉体では風の力を制御できなくなる。ということはひょっとして、女性である場合、男性よりも風の力は弱く、(女性の)花の肉体でもそれを制御できるのではないかと考えたのです。ただ、そうすると女性化により蕾の風としての能力が小さくなってしまい、それは蕾にとって受け入れ難いことなのではないかとも思うのです。いつもは封印された姿でいて、なにかあったら封印を解いて持ちうる力を最大限使いたいと思っているような・・・。でも、私としてはオトナの姿で恋をしてほしいからな~。封印は何としても解いて欲しいんだよな~。
 次に、蕾の女性化で東雲の恋に決着がつく。皇女蕾に恋をして、でもそれは幻で、東雲の恋する心はそこで止まってしまっているのであれば、皇女蕾の存在により、東雲の恋が進み出すのです。叶うのか叶わないかは分かりませんが(笑)。あ、いやそこは東皇使としての手練手管を駆使して是非是非皇女蕾を落としてください。
 そして、蕾が何とか恋をすることができるとしても、第九皇子の存在はいつも心にある辛い問題のはずです。蕾がたとえ恋をしてもその相手を100%受け入れることができるか、心のどこかにいる第九皇子が新しい恋の障害になるかもしれない。その点、東雲なら蕾の心にいる第九皇子の存在を理解して許してくれる、許すというより、ふたりで第九皇子を想うことができる、のではないかな。
 こういった点から、蕾の女性化を考えたわけです。しかし、本当のところ私は蕾はオトコのこであって欲しいです。強くて美しい花の中の花の皇子、風の中の風の皇子であってほしいと強く思います。しかも、誇り高き孤高の皇子、誰のものにもならない強い存在。・・・東雲を受け入れてくれる日が永遠に来なくても。苦苦苦~。

 というわけで、私としての最終話は以下のようになります(上記女体化は何だったんだ!)。
 東雲が円時山へ行くまでに、蕾と東雲の恋の障害がお互いによって取り除かれ、蕾の封印も解かれる。素敵な姫を見つけて100年後にまた逢おうと東雲と蕾は別れる。
 そして100年後・・・。
 神扇山に帰ってきた東雲を待っていたのは、錦花仙帝の地位を継いだ未だ独身の蕾。そして東雲もまた独身で。好きでもない人と結婚をしたり子どもを作ったりはできないと、恋した人と結婚したいと主張した蕾に、結局恋は訪れず、東雲もまた同様。恋とは難しいものだな、ということでハッピーエンド(ハッピーエンドなのか??)。ちなみに蕾にその地位を譲った蕾の母麗さんは、同じく玉風大帝を引退した都流さんと自由気ままな引退生活を送っているらしい。
 え? 何にも解決していない? ス、スミマセン・・・。だから私にお話作りは無理だと・・・。

 と言うわけで、以上が私の考えた最終話です。マンガについては素人でしかも検証も何もせずの考えなので、実際の最終話はこんなもんではないと思います、あたりまえだけど。それに一般誌での最終話はどうなるかという考察だったので、腐女子ゴコロを抑えつつ書こうとしたのですが・・・無駄な抵抗でした、苦苦苦~。
 
 以上で「BUD最終話についての考察」は終わりです。こんなところまで読んでくださって、感謝感謝です。長々とお付き合いありがとうございました~m(__)m

 (おわり)
BUD最終話についての考察(5)
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4.蕾と東雲の関係
 「春指南Ⅱ」で、お互いがお互いの幻に縛られて恋ができないという状況が明らかにされたわけですけど、ということは最終話でそれぞれの恋ができないでいる原因を取り除くのはお互いである、ということになるのでしょうか。つまり、蕾は囚われの皇子である第九皇子のため恋ができない。それを解消する、というか前述のように解決することはないのだけれど現在の状態から抜け出すきっかけを作るのは、第九皇子と同じ姿をした東雲。と同様、東雲は幻であった皇女蕾のため恋ができない。その恋に決着をつけてくれるのが蕾。そんな構図になっているのではないかと思います。蕾も東雲も求める人(天仙)には逢えないでいるから、恋が進展しないのであって、それぞれ想う人と同じ姿をした者が、代わりにそれぞれに手を差し伸べる・・・のかな、と思ってます。
 ところでこうした蕾と東雲のねじれた関係って、腐女子の私としては辛いものです。というのは、お互いはお互いと同じ姿をした幻に囚われているということは、それぞれ目の前にいる本人ではないものを見ているということですよね。蕾は東雲に第九皇子を思い出すからお前の顔は見たくはないと言ってましたし、東雲は蕾を見ながらひょっとして幻の皇女蕾を想っているのかもしれません。それじゃ、目の前にいる東雲を、蕾を理解できないじゃないですか。今までふたりが築いてきた関係は、何だったのか。なんのかんのと言っても蕾を心配して助けていたのは、それは蕾の姿に皇女蕾を見ていたからなのか? いじわる言いつついつだって傍にいてくれる東雲を、第九皇子を思い出すから顔を見たくないなんて、もう傍にいなくてもいいのか? ふたりの関係はそんな空虚なものだったのか・・・そう思わざるを得ないところがあって、辛いっす。いえ、こう考えるのは、私が東雲ファンで東雲に思い入れが強すぎるからなんだと思うんです。
 
 (つづく)
BUD最終話についての考察(4)
3.東雲の恋
 「春指南Ⅱ」を読んだ時、皇女姿の蕾が忘れられず恋ができない東雲ってなんてバカなやつと思ってしまいました、あんたそれでも恋を司る東皇使か、と(笑)。ううーーん、私としては「幻が忘れられず恋ができない」という状況がよくわからなかったのですよね。未だに幼い姿の皇女蕾が忘れられないって…ロ/リ/コ/ン。・・・そんな東雲、イヤーーーッ(笑)。
 それはともかく、要するに皇女蕾と出会って心を奪われ、ところがその皇女蕾は幻だったわけで、東雲の初めての恋はそこから前へも後へも進めなくなってしまったのですね。実在すればその恋は叶うにしろ叶わないにしろ、次に進むことができるけれど、相手が幻なので東雲の恋心はどこへも行けなくなってしまったのでしょう。
 というか、私の読解力が思いっきり不足しており、加えて腐女子の目で原作を読んでいたため、東雲が円時山に100年修業に行くことになって、最後の意地悪などと、自分が恋ができないでいるのは皇女姿の蕾が忘れられないからだと、いきなり蕾に告白したことが唐突過ぎて思考停止状態になってます(苦笑)。それにね、蕾は誰よりも麗しい花だけど、東雲は蕾の容姿よりも中身に惹かれているのだと、腐女子の私はずっと思っていましたし。
 ところで、東雲が皇女蕾への恋心を断ち切ることができたとして、でも次には第九皇子の問題があると思うのです。蕾と同じく、第九皇子の存在が、自分自身を幸せから遠ざけようとしてしまうのではないかと。自分のお役目を全うすること、それが自分に課せられた天命で、それ以外のものには見向きもしなくなりそうで。こう心配するのは私が東雲ファンだからで、BUDの話の流れの中心は東雲ではなく蕾なので、最終話においてはあまり気にしなくてもいいかもしれないですけどね。
 
 (つづく)
BUD最終話についての考察(3)
今日は長文、興味のない方はスルー推奨~。

2.第九皇子の問題
 私としてはこれが最大の問題であり、ここをどう描くかが最大のポイントです。天地の契約による贄の存在、これは蕾に限らず東雲にも重くのしかかってきているはずです。この存在を彼らがどのように消化していくか、とても気になるところです。

(1)第九皇子の問題が何故問題なのか、あるいは第九皇子の問題とはどんな問題か
 蕾は第九皇子を心の神殿に住まわせ恋にも似た感情を抱き恋ができない。誰かとラブラブになって幸せな時を過ごし第九皇子を忘れる、そうなることを恐れている(うろおぼえですが…)。
 無垢な魂が拷問により天地を支え、しかもその無垢な魂により自分は命を救われ生かされている。命の恩人、などという陳腐な言葉では表せないかけがえのない第九皇子という存在を、何があっても忘れてはいけないと思う蕾の気持ちは十分理解できるものです。そしてそのような存在である第九皇子を心の神殿に住まわせ、彼の足元に跪く…そういう生き方を選択する道もないわけではありません。
 しかしですね、それは人生(天生?)の選択の判断を自分自身ではなく第九皇子、蕾の心にある第九皇子がすることになってしまうということですよね。それは従属。自分の存在は第九皇子の犠牲の上に成り立っているという事実は忘れるべきではないと思います。が、忘れるべきではないということが、恋をして誰かを思うとき第九皇子を忘れてしまうから恋をしてはいけないという結論になるのはあまりにも第九皇子に依存していないかと思うのです。第九皇子の前ではすべてのものは跪くべきだと思っているようで、現時点の蕾は少し危ういです。オトナになるということは、誰かに従属していた子ども時代を脱し、独立した一個の人格となることではないでしょうか。蕾には第九皇子を忘れるわけではないけれど、第九皇子の存在をしっかり受け止めながら、自身は独立した存在であってほしい、そうなって欲しいと思うのです。誰よりも自由で、誰よりも強く美しい蕾が私の理想です。
 そしてそれは実は東雲にも言えることではないかと思うのです。第九皇子の存在により、自分がシアワセになることをすっぱり諦めてしまうのは、東雲の方ではないかと思っていました。贄の皇子という存在はこの地に生きるすべての者の上に重くのしかかるものですが、蕾は自分の命を救ってくれたという点で、他の誰より心深く根ざす問題となっているのと同様、東雲も双子の兄弟であるという点で、蕾と同じくらい重い問題なんじゃないでしょうか。つまり、同じ時同じ姿で生まれてきたのに、何故贄は私ではなく弟だったのかと、答えの出ない問題、出口のない迷路に迷い込んでしまっているのではないかと思うのです。

(2)第九皇子の問題の意味
 BUDにおいて第九皇子の問題はいったいどういう意味があるのか。
 (1)で述べたように、第九皇子の存在が蕾にとって越えなければならない問題としてあると思うのです。天地の契約の見直しが行われ贄制度(?)が廃止されれば(例えば余音事件により見直しが行われるとか・笑)、蕾にとって恋をするための障害が取り除かれ問題は解決するわけですよね。あるいは蕾(や東雲)の尽力により第九皇子が解放されるということも考えられるわけです。
 しかし、私は天地の契約による贄制度は蕾や東雲がどんなにがんばっても解決できない問題だと思います。この契約はどんなに理不尽であってもどうしようもないものです。
 そもそも人生ってそういうものではないでしょうか。幼い頃は自分の力で何でも解決できると思ってたし、実際できていた。でも、世の中はそんな甘いものではない。自分の力ではどうしようもないことが存在する。自分の力ではどうしようもないことを思い知ることが大人になるということで、その自分の力ではどうしようもないことにどう対応していくのかが、大人の中身が問われるところなのではないでしょうか。矛盾に満ちた世の中のありようの前で、自分自身をどう前進させていくかが問われる。第九皇子の存在は蕾が精神的にもう一歩前進するための試金石なのではないのかな。
 第九皇子が解放されたら私もすっきり「しのつぼ」モードに入れるのですが(笑)、物語に深みを持たせるという意味でも、第九皇子は救われない存在にしておく、というのが私の考える最終話です。

(3)第九皇子の問題の解決
 (2)でも書いたように私の考えるBUD最終話では贄の皇子の存在はなくならないと思います。誰かの犠牲の上に自分の存在があるというのは、BUDの世界に限らず現実的にあることですよね。
 では、蕾はどうそれを乗り越えていくか。
 外的には贄制度は存続しているのだから、自分の中で何とか決着を見なければならない。自分自身をどう納得させるか。
 ・・・私は心の決着をどうつけたらいいのか、さっぱりわかりません。というより、このような問題に正解となる解答なんてないんだと思います。忘れる、心の中の第九皇子に跪く、第九皇子を畏界のひとやから力ずくで連れ出す、天神界に殴り込む(笑)、天地の契約をなくすよう働きかける(蕾には無理?)、出世して契約に係わることができる地位につく(蕾には無理?)、誰かにお願いする(蕾には無理…)などなど。正解なんてない。常に迷いつつ悩みつつそれでも生きていかなければならない。試行錯誤と自問自答の繰り返し。前進しているのか後退しているのかさえわからない迷路ですね。でも、その試行錯誤と自問自答の繰り返しこそがその人(天仙?)の歩んだ道となるのでしょう。
 
 (つづく)
BUD最終話についての考察(2)
 前回に書いたとおり私の予想する最終話は、蕾が第九皇子の問題を克服して恋をすることを中心に、それに東雲の恋も絡ませるお話です。これを大きな軸にもう少し詳しく細部を検討していきます。

1.蕾が恋をすることについて
 まずは蕾の恋についてです。蕾は恋を知ることになると思うのですが、最終話ではどこまで描かれるのか。つまり蕾は具体的な誰かに恋をするのかしないのか。恋を知るといってもそれはどの程度か。ありうるパターンとして、
(1)第九皇子の問題だけ解決、蕾は晴れて恋のできる状態に。
(2)恋の予感。
(3)誰かに恋する。
(4)誰かとラブラブになる。
(5)誰かと結婚して子どもまでできてる。
 しのつぼサイトを運営している私としましてはここが一番のポイントかも。だって蕾の相手は東雲なんですから、私の中では(笑)。なので(2)止まりにしていただくというのが一応の希望です。
 また、具体的に恋をする場合、その相手が誰なのかも問題です。現在登場している人物のうち蕾の恋の相手になりそうなのは萌葱ちゃんくらいしかいませんから。新しい人物を登場させるのも唐突だし、かといって萌葱を相手にするには萌葱自身も成長させなければなりませんしね。もし東雲が恋の手解きをするのなら(「春指南」シリーズでは東雲が蕾と萌葱に手解きしてた)、蕾と萌葱というチョーオクテのふたりへの手解きは東皇使就任以来最大の難題かもしれないです。
 萌葱が相手として妥当かどうかという問題もあるのですが、現在のままではなく萌葱も成長するだろうし、蕾の相手としては、蕾同様愛やら恋やらに疎い方がいいような気もするのです。
 ・・・つか、本当のことを言うと、蕾の恋の相手(東雲以外の場合)は誰かという問題に私自身あまり興味がないので、突っ込んで考えたことがないのです、ゴメン。
 まあとにかく、最終話としては、蕾が第九皇子の呪縛(?)から解放され(←えーピッタシな言葉が見つかりませんでした。なんだか第九皇子が悪者みたいな書き方になっちゃいましたよ;)、人として(じゃなく天仙として)また少し成長することが大切であって、誰に恋するかはそれに比べたら些細な問題だと思うのです。一般誌でまさか東雲とラブラブになるはずもなく、常識的な範囲に収まるはずなので、蕾の相手が誰であっても私は構いません。具体的な誰かが判らない方が、妄想が広がり易いような気がするだけで(苦笑)。

 ・・・実はそれよりも私が気にしていることは、蕾の封印です。蕾が恋しても、幼い姿だったら・・・ヤダ。蕾って下界では何歳の設定なのか分からないのですが、ううーーん、私としては恋するには幼すぎます~。ナントイウカ、子ども作れるの? そりゃ、子ども(児童とでもいうべきか)のうちに結婚するということは古今東西あるんだろうけど。結婚と恋はイコールじゃないですしね。私ショタじゃないんで、できれば恋する蕾は封印の解けた蕾であって欲しいな~。それに心と身体って切り離せないと思うのです。心が恋するなら身体も恋する。心が恋することができるのであれば、身体も恋することができる。反対に身体が恋することができない(つまり幼い)と心も恋することができない(心も幼い)のではないかと思ってるのです。とすると、蕾の封印問題もなんとか解決しなくちゃならなくなるってことですね。
 
 (つづく)
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